2018年08月15日

黒澤貞備の企画展の情報

黒澤貞備の記した「欧羅巴航日録」を中心として、関連する手紙や写真、欧州から持ち帰ったペンダント、ブロンズ像、遠めがねなどを展示して、文久遣欧使節の活動を紹介する企画展が、兵庫県朝来市の生野書院で開催中です。9月9日までです。紹介記事が2018年8月8日の朝日新聞夕刊(大阪版)に掲載されました。

●朝日新聞の記事はこちら>>2018_08_08 朝日新聞夕刊大阪版(PDF 別窓で開きます)


●生野書院(生野市観光協会)のホームページはこちら(別窓で開きます)

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2017年03月18日

大島の祖先の黒澤貞備さんの動画

黒澤貞備さんはわたしたちの祖先にあたりますが、幕末期に徳川幕府から派遣された遣欧使節に参加されていました。
その時に道中日記をつけており、それが「ヨーロッパ航日録」として残されています。とてもマメな方だったようで、日々の出来事などが詳細に書かれています。

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2016年12月31日

アイヌ種痘図、見て来ました

各位

アイヌ種痘図 義光さんの和田山のお墓にお参りに行ったことの報告、ありがとうございました。だいぶ前になりますが、義邦さん夫妻と一緒にお参りに行ったことを思い出しました。ありがとうございました。

前にアナウンスした、桑田立斉さんのアイヌの人への集団種痘を記念して描かれた絵が、現在東北福祉大学  芹沢銈介美術工芸館で展示されています。それを先日、12月15日に見て来ました。以下、その報告をします。

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但馬の大島家墓地に行ってきました【大島義光】

青山霊園の大島家の墓地に幾つか大きな墓が建っています。それらは、大島貞薫・教子夫妻、大島貞敏・濱子夫妻、大島貞恭・續子夫妻、大島六郎・信子夫妻のお墓です。このうち、最初の貞薫・教子ご夫妻が、それ以降の方々(男子)の親にあたり、東京に出てきた大島一族の祖先です。ではそれ以前はどうなのか。

大島家はその昔、但馬国(現在の兵庫県北部)養父郡大藪(現在の養父市大藪)の所領1500石の旗本、大藪小出家の家臣でした。同地の泉光寺(写真1)が大藪小出家の菩提寺で、そこに大島家の墓もあります。貞薫翁のご両親の大島貞利・綱子ご夫妻までの墓が並んでいます(写真2)。
(写真1)泉光寺 (写真2)泉光寺の大島家の墓
(写真1)泉光寺:兵庫県養父郡養父町大藪495 臨済宗妙心寺派清龍山泉光寺
(写真2)泉光寺の大島家の墓

つまり我々の祖母、大島雪さんから三代遡った先祖の墓は養父市にあるということです。
報告が遅くなりましたが、それを訪ねるために去る9月の初めに但馬の大島家墓地に行ってきました。(以下長文です)

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2016年06月18日

我々の五代前の桑田衡平さんという方

五代前の桑田衡平さんという方これを見る人の世代によって、いつ頃のひとなのかわからないですが、雪おばあさんのおじいさんにあたる人です。
その人の、生誕180年の記念展示会が出身地の埼玉県日高市の郷土史家を中心として開催されることになりました。
この郷土史研究の先生と、大島の人たちと直接知っているわけではありませんが、私たち子孫としても注目しています。
関係資料はこちらです。PDFファイルをご覧ください。 クリック( PDFファイルが開きます。)
この桑田衡平さんを顕彰した石碑があるのです。

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2015年01月09日

市川新さんの三女奈子さんが書いた脚本が永作博美、佐々木希主演で映画化

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市川 新さんの三女 柿木奈子(ペンネーム)さんが書かれた脚本が東映で映画化され、2月28日から全国で公開されます。「さいはてにて」という題名で、永作博美、佐々木希が主演です。

この映画のオフィシャルサイトはこちら(別窓で開きます)

また、その小説版も集英社文庫で1/20日から全国の書店で発売されるそうです。
先に読んだほうがいいのか、後から読んだほうがいいのか・・お試しください。

また、この映画はブロードマークスという会社の企画で、その中心が奈子さんのご主人の渡辺和昌さんです。この映画のチラシにも「プロデューサー」に渡辺の名前が入っています。
映画というのは、とても多くの人たちが参加して、皆で作り上げて行くものではありますが、和昌さんの情熱と活躍でこの映画ができたと言っても言い過ぎでは無いそうです。

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2014年10月25日

19世紀に米国でフットボールをプレーした桑田権平

市川 新氏  特別寄稿
『19世紀に米国でフットボールをプレーした桑田権平』
-日本人最初のフットボール選手-
記事のpdfファイル(別窓で開きます)<br />


包帯を巻いてベンチに座る桑田権平自画像米国で現在のアメリカンフットボールの形式のゲームが行われたのは1874 年。バーバード大学とマギル大学の大学対抗戦に由来する。その僅か数年後に米国に渡った桑田権平という日本人がフットボールをプレーしたという史実が解った。
壮年時代の桑田権平(スピンドル製造研究時代)これまで日本人が米国でフットボールをプレーしたのは、1917 年にシカゴ大学にコーチ理論を実地で学んだ岡部平太が初めとされてきたが、それにさかのぼること20 数年前。日本で初めて公式にフットボール・ゲームが行われた1934 年(昭和9年)からは、40 年以上も前のことだった。
東京大学アメリカンフットボール創始メンバーで、元日本協会理事の市川新氏が現地を訪ね、その衝撃の事実を明らかにした。

※写真は1893 年のウースター工科大学(当時)イヤーブックのフットボールのページ。フットボールで負傷し、頭に包帯を巻いてベンチに座る桑田権平の自画像が載っている。

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2014年09月28日

「人造石油政策の破綻と大島義清の葛藤」が国会図書館に登録されました

大島義清伝表紙大島義清伝 
「人造石油政策の破綻と大島義清の葛藤」  市川 新著

昨年4月に完成した大島義清伝「人造石油政策の破綻と大島義清の葛藤」を国会図書館に寄付したところ、蔵書として登録されました。請求番号はDL511-L9ですが、複写のみとなっているようです。
著者名(市川新)、個人名(大島義清)、普通件名(人造石油)でもそれぞれ検索できますので、試してください。なお、大島がかって勤務していた東京大学(経済学部)、産業技術総合研究所(燃料研究所が発展したところ)、北海道大学工学部にも寄付をしたところ、それぞれ受理され閲覧できるようになっています。

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2014年03月30日

桑田權平(ゴンペイ)自伝出版記念式典参加の案内

■桑田權平(ゴンペイ)自伝出版記念式典参加のご案内です。
桑田權平(くわた ごんぺい) 米国で現在のアメリカンフットボールの形式のゲームが行われたのは1874年ですが、その僅か数年後に米国に渡った桑田ごんペイ(1870年(明治3年)生まれ)という日本人がフットボールをプレーしたという事がが明らかになりました。
この、桑田ごんペイさんの自伝が大学当局により出版(英語版)されることになり、その出版記念会がアメリカボストンのウースター工科大学(略称WPI)で、下記の日程で行われることになりました。

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2014年03月05日

黒澤貞備欧羅巴航日録について法政大学の宮永先生の書かれた記事

講談社学術文庫の幕末遣欧使節団を書いた、法政大学の宮永孝先生が、法政大学の紀要(?)の2010年に「拾遺集」というエッセイだか、研究余滴のような記事を書いておられます。
«法政大学の記事出典サイトはこちら»

その記事の黒澤貞備についての抜粋のダウンロードはこちら»ダウンロード(pdf 1.6M)
黒澤貞備欧羅巴航日録 セイロン島の僧侶の書いたパーリ語の文字

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